ハワイ移民資料館仁保島村(にほじまむら)- nihojimamura

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  • 令和7年5月27日
    テーマ: 「知られざる“ハワイ移民史”-その奔流を探り、日系社会を読み解く-」
    受講日: 2025年5月28日(水)
    講師 : ハワイ移民資料館 仁保島村 館長 川﨑 壽 氏
    場所 : 一橋大学 社会学研究科(竹中 歩教授ゼミ)

    1. 講義の雰囲気
    教室の壁には、日本・アメリカ・ハワイ州の三つの旗が掲げられ、まさに「ハワイ移民史」を学ぶのにふさわしい雰囲気の中で行われ、会場は用意された机が足りなくなるほどの大盛況で、予備の椅子を出して聴講する方もいるほどの熱気に包まれていました。
    特に印象的だったのは、多くの海外留学生が参加していたことです。彼らにとっての異国である「日本の移民史」というテーマに対し、一生懸命に日本語で質問を投げかける姿は、海を渡り、新しい土地で生きたハワイ移民たちの姿を、留学生としての自分自身に重ね合わせていたのかもしれずとても感心しました。その熱心さに呼応するように、質疑応答は終了予定時刻の17時を過ぎても終わらないほど盛り上がり、非常に充実した講義となりました。

    2. 講義の内容と興味深かった点
    講義テキストはこの日のために特別に作成された約30ページのフルカラー冊子が配られました。さらに講師が、資料館から貴重な「一次資料」を持参し、それらを実際に示しながら進められる講義は、テキストを読むだけでは得られないリアリティがありました。

    テキストに書かれていたどれも「知られざる」エピソードばかりでしたが、私はテキストから少し離れた内容である次の二点が特に印象に残りました。
    広島県人のつながりを支えた「もやい」
    広島県人の精神的な結びつきには、「講」だけでなく「もやい」という文化が重要な役割を果たしており、沖縄県人の「もあい」と比較しながらの解説は、同じ日本人移民の中で地域ごとの相互扶助の違いがよく分かり、非常に興味深く感じました。

    広島弁がハワイのビジネス界で「標準語」だった話
    「カチケンナイフ」のエピソードから、当時のハワイの商人たちの間では、広島弁が事実上の標準語として広く使われていたという話は、出身県と職業がどのように結びついて日系人社会を作っていったのか、そのダイナミズムを感じることができました。

    3. おわりに
    講義内容は、従来のハワイ移民史のように後世の人間によるマクロ的な歴史解説ではなく、まるで講師自身が体験してきたような語り口や熱量で、「知られざる」エピソードを解説してくれ、自分も当時にタイムスリップしてハワイ移民当時の匂いを嗅いで来たような感覚を得られるとても素晴らしい講義でした。
    それだけに講義終了後、講師が持参した貴重な一次資料を近くで見ようとする人が少なかったことが残念で、もっと多くの人が一次資料が放つその迫力を体感できればもっとハワイ移民史が盛り上がっていくだろうなと感じました。

    研修会の記念撮影 資料館別館にて

  • 令和6年2月17日
    南米日系人留学生(ブラジル13人・ペルー7人・ボリビア4人・アルゼンチン2人・コロンビア1人)27人が来館しました。 日本財団・日系スカラ-シップ「夢の実現プロジェクト」の助成金により、公益財団法人日系人協会が日系人留学生を受け入れ、 留学生が中心となり「広島の平和学習・日本人海外移住の歴史」を学ぶ研修旅行でした。ハワイ・アメリカからの日系人留学生は皆無でしたが、 日本全国第一位の移民送出県にある、広島のハワイ移民資料館仁保島村を訪ねて、その歴史の一端に触れようと企画したものです。留学生たちは、 仁保島村からも、ブラジル・ペルーに移民した人もいることを聞いて、当地域が南米諸国ともつながりあることに驚き感激していました。
    (今回の来館に合わせ、特別資料を作成配布しました。ニュースレターにほしまにて近日発表します。)

    研修会の記念撮影 資料館の庭にて

    資料館の庭にて

    研修会の記念撮影 資料館別館にて

    資料館別館にて


     


  • 令和6年1月21日
    和歌山大学主催「移民の歴史をめぐるシンポジウム・広島と和歌山から」の基調講演に招かれました。和歌山(紀州藩)から広島(芸州藩)に転封を命じられた浅野長晟が茶道・上田宗箇流・銅蟲細工が広島に残した文化・工芸遺産であることを枕に、ハワイの始まりからハワイ王朝崩壊までの日本人移民の足跡と、広島・移民の風景として全国でも類を見ない移民補習学校や、移民の送金を受け入れた銀行の設立などを織り交ぜました。
    (近日中に、この講演で配布した「知られざる“ハワイ移民史”」全18ページを刊行します。)

    和歌山大学主催「移民の歴史をめぐるシンポジウム・広島と和歌山から」の基調講演
    和歌山大学主催「移民の歴史をめぐるシンポジウム・広島と和歌山から」の基調講演 講演会の様子

     


  • 博物館が「困難な歴史」をどのように扱っているか

    博物館が「困難な歴史」をどのように扱っているか

     


  • 2023年1月24日(火)の日本経済新聞「文化」の特集及びデジタル記事に掲載されました。

    【ハワイ移民は「棄民」だったか】

    ※画像のクリックで拡大して閲覧できます。

    ハワイ移民は「棄民」だったか
    日本経済新聞社の許諾を得て掲載しています


    【広島出身のハワイ移民 知られざる豊かな暮らし】

    ※画像のクリックで記事3ページの全文が閲覧できます。

    広島出身のハワイ移民 知られざる豊かな暮らし
    日本経済新聞社の許諾を得て掲載しています

  • 「ひろしま盆ダンス」に想う

     ハワイ本願寺ホノルル別院で催されたボンダンスは、僧侶の読経より始まった。 ハワイの人々は自身の信仰する宗教以外には全く関心を示さないが、この時ばかりは、静寂で荘厳な空気に包まれた。 歌い手が登場するすると、一転、大勢が櫓を囲み大きな輪で賑やかなダンスが始まった。
    国籍は言うに及ばず、性別も年齢も様々である。
    もはや、ボンダンスは日系人の手を離れ、ハワイの風物詩として定着している。
    我が仁保島村の最後の岩澤村長は、「おらが村さの誇りのものは、海外移民と盆踊り」と、仁保村志に書き記した。
    戦後、かつての集落であった、大河・本浦・淵崎・日宇那・丹那・楠那に盆踊りが復活すると、青年たちは集落巡りで踊り明かした。
    その後の都市化、開発が進むにつれて盆踊りは次第に衰退。今では、地域独自の音頭の継承も困難になった。
     こうした折に、中国新聞社が「ひろしま盆ダンス」の復活を目指して事業を立ち上げた。
    「平和」と「カープ」に加えて、古くて新しい文化の登場である。
    このプロジェクトが、広く市民に親しみ愛されて、広島の力強い文化のひとつに育ってくれることを確信し、心からエールを贈る。
    令和4年 盛夏

    館長  川﨑 壽

    2022広島盆ダンス開催

     

    2022広島盆ダンス開催

  • 広島ユネスコ協会奨励賞を受賞しました

    選ばれた理由 賞状 副賞 授賞式

    館長あいさつ
    令和4年2月5日 広島ユネスコ協会から第24回活動奨励賞を戴きました。コロナまん延防止のため今回の授賞式は中止。
    同協会の湯浅克廣副会長と坂本美智子教育部会理事が賞状と副賞を持参して授賞式が行われました。
    文化と歴史は、防衛力・経済力・外交力と同様、国の主権の一翼を担っています。
    まさしく「文化も国力」です。微力ながら今後一層の学校教育・社会教育の充実に向けて精進努力を重ねて参ります。

    館長  川﨑 壽


  • コナからうれしいニュース
    今年で通算50回目を迎えたコナ・コーヒーフェスティバルが、2021年11月4日~7日まで開催されました。 コナのウィルフレッド・ヤマサワさんから日本人が携わったコーヒーの歴史本と、自らが栽培した100%コナコーヒーが、当館通信員のあやこさんからは、コーヒーのレシピ本が送られてきました。
    「ニュースレター第22号参照」

    中国新聞2021年8月25日(水)の朝刊


  • 2021年8月25日(水)の中国新聞朝刊「文化」の特集に紹介記事が掲載されました。

    中国新聞2021年8月25日(水)の朝刊
    中国新聞社の許諾を得て掲載しています

    拡大した記事を見る



  • ブラジル唯一の日本語新聞であるニッケイ新聞に、ハワイ・アメリカ・ブラジルをまたにかけ活躍した人々の話をちりばめて、「ハワイ日本人移民史」の紹介記事が4ページ目の拡大コラム欄一面に大きく掲載されました。
    5面、6面を割愛の上掲載しております、是非ご覧ください。
    日本の新聞社が学ぶべき点も多くあります。

    ニッケイ新聞社に感謝と敬意を表します。

    『ハワイ日本人移民史』の表紙 『ハワイ日本人移民史』の序
    『ニッケイ新聞 / JORNAL NIKKEY SHIMBUN』
    2021年(令和3年)6月29日 第5761号

    『ニッケイ新聞』のPDFを見る