I discovered this museum by chance when I was researching my Japanese ancestry and learned that my family came from Nihomura before they immigrated to Hawaii. I am from the United States and was planning my first trip to Hiroshima to connect with my family's history and search for their grave. When I visited the museum, Kawasaki-san painted a picture of the community in Nihomura and explained the reason why so many immigrants came from this area. Kawasaki-san has many interesting stories and memorabilia to share about Japanese people in Hawaii. There are also many books and newsletters for sale or on display that are highly informative and tell histories that are not well-known.
I learned so much and enjoyed my time here!
館長自ら、資料に対して詳細をご説明いただいたこと、また、私からの多くの質問にも、全て丁寧にご回答いただいたことに、大変感激いたしました。
この資料館の展示の中で、一番興味深かった部分は、資料の多さです。古い文書や、写真、地図、が多くて、この量を入手することは、とても大変だったと感じ、館長の資料館に対する情熱を感じました。これらの資料は、一つの主題だけではなく、もっと幅広い範囲で、日本からハワイに移民した歴史について理解できるように構成されたことも、印象深かったです。
また、館長が作成した講義資料も、ハワイ移民史を、グラフや地図を使って短い時間で分かりやすく理解できるように作成されていたので、非常に勉強になりました。資料の中に、なぜ広島からのハワイ移民が多かったのかを説明する資料もあり、広島県はハワイ移民が始まる前に、政府の促進により北海道に移民した人達が最も多かった地域だったことも分かったのは、驚きの発見でした。
特に、韓国と日本の比較研究をしている私にとっては、コリアのハワイ移民史と日本のハワイ移民史とを比べる機会が持てたことを嬉しく思いました。最初に予約メールを送った時から、館長自ら、日本のパスポートでハワイに移民した人達の中に、コリアンも含まれていた例を示す貴重な資料をご紹介いただき、その時期に、朝鮮半島から日本に移民した例も併せて確認できたことも、とても貴重な体験でした。韓国でも日本でも、独身で移民した男性のために写真で出身国の新婦を募集していたなど、ハワイ移民における両国の共通点を知ることができたのも新しい嬉しい発見でした。
当日は、多くの質問をさせていただきましたが、今になって、まだまだ、お伺いしたかった事が残っています。また機会がありましたら、もう一度訪問して、まだ残っている疑問を解決したいと考えています。
改めて貴重な資料を拝見する機会をいただき、誠にありがとうございます。
관장님이 자료에 대해 직접 상세하게 설명해 주시고, 제가 드린 많은 질문에도 모두 친절하게 답변해 주신 것에 깊이 감동하였습니다.
이 자료관의 전시 중에서 가장 흥미로웠던 부분은 방대한 자료의 양이었습니다. 오래된 문서, 사진, 지도 등이 풍부하게 소장되어 있었고, 이처럼 많은 자료를 수집하는 과정이 결코 쉽지 않았을 것이라 생각하며, 관장님의 자료관에 대한 열정을 느낄 수 있었습니다. 또한, 이들 자료가 단일 주제에 국한되지 않고, 보다 폭넓은 시각에서 일본에서 하와이로 이주한 역사를 이해할 수 있도록 구성되어 있다는 점도 인상 깊었습니다.
또한, 관장님께서 직접 제작하신 강의 자료도 매우 유익했습니다. 하와이 이민사를 그래프와 지도를 활용하여 짧은 시간 안에 쉽게 이해할 수 있도록 정리되어 있어 많은 도움이 되었습니다. 특히, 자료 중에서 왜 히로시마에서 하와이로 이주한 사람이 많았는지를 설명하는 내용이 있었는데, 하와이 이민이 시작되기 전에 일본 정부의 장려 정책에 따라 홋카이도로 이주한 사람이 가장 많았던 지역이 히로시마였다는 점을 알게 되어 놀라운 발견이었습니다.
특히, 한국과 일본의 비교 연구를 하고 있는 저에게는 한국과 일본의 하와이 이민사를 비교할 기회를 가질 수 있었다는 점이 무척 뜻깊었습니다. 처음 예약 메일을 보냈을 때부터 관장님께서 일본 여권을 가지고 하와이로 이주한 사람들 중에 한인도 포함되어 있었다는 소중한 자료를 직접 소개해 주셨고, 그 시기에 한반도에서 일본으로 이주한 사례도 함께 확인할 수 있었던 것은 정말 귀중한 경험이었습니다. 또한, 한국과 일본 모두 독신 남성이 이민을 간 후, 본국에서 신부를 사진으로 모집했던 사례 등 하와이 이민과 관련된 양국의 공통점을 알게 된 것도 매우 흥미로운 발견이었습니다.
방문 당일, 많은 질문을 드렸지만, 지금 돌이켜보니 더 여쭙고 싶은 것들이 많이 남아 있습니다. 기회가 된다면 다시 한번 방문하여 남아 있는 궁금증을 해결하고 싶습니다.
다시 한번, 소중한 자료를 직접 볼 수 있는 기회를 주셔서 진심으로 감사드립니다.
ベ・サンミ(Sangmi Bae)
高麗大学 研究教授 文学博士
本田正文さま(2024年12月来館)
2024年の正月にコロナ感染がおちついて、久しぶりに年末に広島に帰省したので、広島市仁保町にあるハワイ移民資料館「仁保島村」の川崎館長に連絡してみました。移民県である広島の中でも沢山の移民を出した仁保島にハワイ日本人移民の資料館が広島の教育センターとしても進化を続けています。川崎館長は1月2日の休日にもかかわらず資料館を案内してくださいました。海外へ移民を一番多く出した広島県の昔が保存されているのです。
現代を知るために過去から学ぶこと温故知新とは大切なことです。核兵器の時代を理解するためにその恐ろしさを伝え続けた被団協や被爆者がしてきた忘れてはいけない戦争と原子爆弾の恐ろしさを伝えているように次世代のためにハワイの日本人移民資料を保存し伝えていくことは大切です。明治から昭和まで広島からハワイに行った5万人を超える一世、そしてその子供たち二世の残した資料を大切に保存して伝えているのが、このハワイ移民資料館です。米国本土よりも多くの日本人が移民したハワイでは、移民した日本人の県人会、村民会や町の同郷会が活発だった1920年。その頃ハワイには広島県仁保町丹那同郷人会があり広島出身の一世たちが助け合って砂糖黍畑のプランテーションで厳しい環境の中で働いて貴重な外貨ドルを広島県や家族に送っていた。日本と米国の狭間で近代国家へ米国領土へと激動したハワイ王国での日本人移民への差別や社会問題と戦いながら移民が日本の近代化に大きく貢献したことを証言する資料が仁保島村のハワイ移民資料館にあります。広島や日本の近代化を理解するための貴重な資料です。これからも忘れられそうな広島や日本の近代化の歩みを伝え続けていくこの資料館に感謝と期待を気持ちで一杯です。
私もハワイ大学ヒロ校という移民多かったハワイ島のキャンパスで教育活動をし、ハワイ島に布哇日系人会館(Hawai`i Japanese Center, 2014年完成)を二世たちと創設したので、ハワイ移民資料館「仁保島村」は頼もしい資料館です。次の訪問までに更なる進化をしていることを楽しみにしています。
本田正文
ハワイジャパニーズセンター長&理事長 (2002年-2016年)
Mary Clare Nagaiさま(2024年11月来館)シカゴ在住
"I am from the United States, and I was very excited to hear about the Hawaii Emigration Museum Nihojima Village collection in Niho, Hiroshima when I researched Hiroshima. My great-grandfather immigrated from Niho to Hawaii in the 1890s, and I had never seen the Niho neighborhood of Hiroshima. I came to Japan with my family and we visited Director Kawasaki.
Mr. Kawasaki very generously brought his daughter and son-in-law to translate his words into English since my family can not speak Japanese. They listened to the information and stories we had about my ancestors and helped us piece together where my family immigrated from and where they lived.
Mr. Kawasaki and his family were very generous with their time and resources, assisting us in finding out more about my family that lived in Niho. He had vast knowledge about Japanese-Hawaiian immigration and found my great-grandfather in the Honolulu phone book from 1930. After making a few phone calls, he was able to find the house my great-grandfather lived as well as where my family shrine might be. Then, drove my family to our family shrine and introduced us to the director of the temple! We received omiyage from the temple and they let my family dress up as traditional samurai!
After we left, Mr. Kawasaki has continued to keep in touch and is still inquiring about my family’s history in Niho. I can not thank him and his family enough for all they did for us. I only wished we could have spent more time talking, and I would love to visit again."
Dear Mr Kawasaki,
On behalf of the Grade 5 class, I would like to extend our heartfelt thanks for your time and generosity during our recent field trip to the Hawaiian Immigration Museum. The experience was incredibly enriching for the students.
We greatly appreciated your detailed explanations about the history of immigration between Japan and Hawaii. Your insights into the cultural exchanges and historical significance of this period truly brought the subject to life for the children. They were fascinated by the stories of the early Japanese immigrants and their contributions to Hawaiian society.
Additionally, the opportunity to explore the museum's artifacts provided the students with a tangible connection to their unit of learning. They were thrilled to see and touch the items that hold such historical importance. Your patience and willingness to answer their many questions were invaluable in deepening their understanding and sparking their curiosity.
Thank you once again for making this field trip a memorable and educational experience for our students. We look forward to visiting the Hawaiian Immigration Museum again in the future.
With sincere gratitude,
拝啓 Mr Kawasaki
この度、5年生のクラスを引率して、ハワイ移民博物館への見学に際し、お時間とご厚意を賜りましたことに深く感謝申し上げます。この体験は生徒たちにとって非常に有意義なものとなりました。
日本とハワイの移民の歴史についての詳細なご説明をいただき、誠にありがとうございました。この時期の文化交流や歴史的意義についてのご洞察は、子供たちにとって非常に興味深いものでした。初期の日本人移民の話や、彼らがハワイ社会に果たした貢献についてのストーリーに、子供たちは大変感銘を受けました。
さらに、博物館の展示品を見学する機会を得たことで、生徒たちは学習単元に対して具体的なつながりを感じることができました。歴史的に重要な品々を見て触れることができ、大変興奮しておりました。多くの質問に対してもご丁寧にお答えいただき、その忍耐強さとご協力により、生徒たちの理解が深まり、好奇心がさらに刺激されました。
改めて、この見学を生徒たちにとって忘れられない教育的な体験にしていただき、心より感謝申し上げます。また将来、ハワイ移民博物館を訪問できることを楽しみにしております。
敬具
改めまして、この度は貴重な学びの機会を頂き、心より感謝申し上げます。
歴史学習に触れる機会がまだ無い五年生たちにとって、今回の学習は非常に新鮮なものでした。また、間近で見て、触れることのできる資料は本当に貴重でした。
帰り道はもちろん、今日の授業でもまだまだ資料館の話ばかりする児童たちを見て、彼らがいかに「仁保島村」で良い学びを頂いたかを実感しています。
今日、お礼の手紙を書くときもいつも見ないほど集中し、「川﨑館長に読んでもらうから、少し難しい漢字でも使いたい」「こう書いたら失礼にあたらないだろうか?」「どう書いたら、ありがとうっていう気持ちが伝わるんかな」「また行きたい」「もっと色々見たかったし、お話を聞きたい」など言いながら書いていました。
ご覧の通り、我々の学校は非常に少人数です。
また、カリキュラムも文部科学省の学習指導要領に沿ったものではなく(国語以外)、きっと川﨑様にとっては非常に説明のしづらい相手だったのではないかと思っております。
児童たちは普段は外国人教師に囲まれ、全てを英語で学習をしています。そんな彼らにとって、学校の先生以外の大人(そして日本人)から教えを頂けること、疑問に思ったことを率直に質問できることは本当に充実した時間だったと思います。
ご期待に沿えるような質問が少なく、がっかりさせてしまったのではないかと思いますが、児童たちにとって今回の学びは非常に価値のあるものでした。また、歴史が大好きな自分自身、恥ずかしながら児童たちをおしのけて楽しんでしまい、とんでもない先生だと思われてしまったのではないかとやや反省しております。
それでも、今回川﨑様のもとに伺えたことを大変ありがたく思っております。
Dear Mr. Kawasaki,
It's been two weeks since we returned from Japan to U.S.
When we set out for Japan last month, one major thing we wanted to do was to find Nick's paternal roots. We had some data but had no clue where and how to start. So, we first went to the Hiroshima Prefectural Archives to look though individual names of those who departed for Hawaii about the same time Nick's great great grandfather embarked on the ship for Hawaii. The search was unsuccessful. We asked the helpful Archive clerk, "Is there such a place called Nihon shima or Nihon mura in Hiroshima?" (I thought it's "Nohon, somehow). He replied "That must be Niho Jima(Niho Island) and it's a part of Hiroshima City now." And he referred us to yourself and your museum. Immediately called your phone number and you answered and even said that you had happened to be nearby and would meet us shortly!! Such a lucky coincidence and encounter!
Then we visited your amazing museum which you single handedly built over the years.
After talking with you, we were able to grasp some realistic picture how was the life of Nihojima people was like, and the reason/s as to why they left for Hawaii.
I thought the miracle ended there, but the next day at the Minami Ward Office, I was further surprised to get help from the Mr. Nishimoto and his staff, thanks to your mysterious and powerful connection, to actually discover the family register for Nick's great-great-great grandfather! This was an amazing experience for all of us.
Thank you very much!
Kazuko Sugie
(訳)
先月、日本へ向かった時、私達がしたいことのひとつはニックの祖先のルーツを探してみることでした。ある程度のデータはありましたが、どこからどのように始めれば良いか検討もつきませんでした。そこで、まず、広島県立文書館に行き、ニックの高祖父(祖父母の祖父)がハワイ行きの船に乗船した頃と同時期にハワイに出発した人たちの名簿を検索しましたが、見当たりませんでした。ご親切な係の方に、「広島に日本村とかいうところがありますか?」と尋ねてみました(高祖父のアメリカ乗船記録に、出身地として、NihomuraとかNihonmuraとあったのを、記憶していたので)。すると、「それは仁保村でしょう。広島にあります。」という答えが返ってきて、早速川崎様のご連絡先とMuseumをご紹介して頂きました。そして、早速お電話申し上げた次第です。すると、電話に応答して頂き、それも、その時偶然にも文書館の近くにいらっしゃるということで、お会いすることができました。なんというラッキーな出会い!そのあと、川崎様の家族全員が力を合わせて何年もかけてつくられだミュジアムを訪れました。お話しを伺ううちに、仁保村の人々の生活がどのようなものであったのか、ハワイに渡った時の状況など、がリアルに見えてきました。
奇跡はそこで終わったと思いきや、翌日、南区役所で、川崎様の不思議な力強い縁故のお陰で、西本区長様とスタッフの方々のご親切なご協力を得て、ニックの祖先の戸籍を手にすることができました!これは私達にとって、思いもよらない素晴らしい経験でした。
誠にお世話になり、ありがとうございました。
スギエカズコ
I had an amazing time thanks to Mr.Kawasaki and his museum. Thank you so much. Even though I am a student, Mr.Kawasaki explained Japanese American`s history in a very polite way and he showed me many things historically precious which surprised me so much.
Family passport history of the Nishiharas showing farther, picture bride mother, and their son coast guard soldier impressed me so much that I will talk about it when I meet Hiroshima-Kenjinkai in Hawaii in September this year.
Mr.Kawasaki always considers it very important to have friendly relationships with Hawaiians of Japanese ancestry, which also moved me so much.
Mr.Kawasaki, many thanks for your great effort of showing so many warm-heated exhibitions in this museum. To tell you the truth I am a typical Japanese always speaking Japanese but this experience led me writing my comment in English as if I were an American of the Japanese ancestry. Thank you again.
Maho Yajima
Graduate Student of Kokugakuin University majoring in History
國學院大學大学院 日本史専攻
彌島眞帆
Dr. Patsy Y. Iwasakiさま(2023年4月来館)
I have always wanted to visit Nihojima-mura for many years after learning about all the good work Mr. Hiroshi Kawasaki has done to preserve Hawai‘i-Hiroshima migration history.
As a professor at the University of Hawai‘i at Hilo, my research interests and teaching practices include Hawai‘i - Japan migration, community-based, culturally-relevant resources in education and cross cultural exchange and collaboration.
So it was with such a delight that I was able to visit Nihojima-mura and meet Mr. Kawasaki during April 2023 along with Takahiro Yamamoto, a professor at the Hiroshima University of Economics.
Mr. Kawasaki was generous with his time and unique facility that includes a museum and many artifacts documenting the history of Hawai‘i-Japan immigration, especially from the Niho area within Hiroshima Prefecture. He remarkably knows each item in his amazing collection - sharing the background and story about each piece - from a treasured letter from Sen. Daniel K. Inouye to an antique lantern in the bathroom.
He is an excellent and energetic story-teller and he enthusiastically brings each artifact to life. I was quickly drawn into the people and stories of his collection! I was most impressed by his research and the obvious care and respect he imparts upon each piece and corresponding story for its part in the overall migration narrative.
Thank you so very much Mr. Kawasaki for your excellent hospitality and time that you shared with me! I learned a great deal about the history and important connections between Japan and Hawai‘i through the lens of the Nihojima area, a very special region in Hiroshima. A big MAHALO NUI LOA to you! Thank you very much!
Dr. Patsy Y. Iwasaki
English Department, Humanities Division
University of Hawai‘i at Hilo
山本 貴裕さま(広島経済大学 教養教育部 教授)(2023年4月来館)
I visited Nihojimamura for the first time since the outbreak of the pandemic. The place has been renovated and Kawasaki-san is as full of energy as ever! I was there with Patsy Iwasaki, who had always wanted to visit the place.
Kawasaki-san was generous enough to show us some of his rare collections. He's got so much stuff that will take years, or maybe a lifetime, or even longer, to sort out, but he somehow figures out how to tell compelling stories based on the materials he picks out almost instinctively.
He told me that he spent a lot of time in the process of writing his latest book at the library at Hiroshima University of Economics, where I work. He used microfilms available there such as Hawaii Hochi to get the facts about the stories he was putting together.
Patsy and I were instroduced to materials we had never seen before. The thing that struck me most was the fact that a small area called "Fuchizaki," the very area surrounding Nihojimamura, sent so many immigrants to Hawaii and that they formed a society of people called "Jinkai" in Hawaii. It is as if the whole local community was transplanted in Hawaii!
I'd like to thank him for the hospitality he extended to us and the valuable contributions he's been making to the preservation of a very important, though rarely told, part of history of Hiroshima and Hawaii. Thank you!
Takahiro Yamamoto, Professor & Coordinator of Hiroshima-Hawaii Cultural Exchange Project at Hiroshima University of Economics.
熊本大学 大学教員(匿名希望) さま(2023年3月来館)
I am interested in how Japanese society, mainly local areas that sent out many emigrants, inherits migration history. I was researching it, and that is how I found this museum.
At first, I was curious about how and why Mr. Kawasaki established this museum all on his own. He generously told me how everything started about 30 years ago, and surprised me with his passion and enthusiasm for the history of Japanese migration in Hawai'i.
Although my visit aimed initially to learn about activities to inherit the history of Japanese migration, I was also overwhelmed by the number of maps, letters, certificates, and pictures hung on the room's walls. Each of them has a story of each individual, such as when and how the original owner of the certificate migrated or how the people in the picture lived in Hawai'i. Moreover, Mr. Kawasaki showed me a series of certificates that told me about a life of a migrant woman in the long term.
As a researcher of migration studies, I knew some about Japanese migrants in Hawai'i, but it felt like a historical event, and I could not feel it was real. However, after seeing all these photos and documents, I can picture how migrants lived more vividly and am even more interested in it.
I appreciate Mr. Kawasaki for taking the time to introduce me to the world of Japanese migrants in Hawai'i.
誰もが故郷をなつかしく想う場所「仁保島村」
「ハワイ移民資料館 仁保島村」は、「いますぐにも行くべきミュージアム」です。その理由を二つの視点からご紹介します。
1、 テーマが絞り込まれていること。
「移民県・広島」。この言葉は、現在広島市の小学校で教わり、一般にはよく知られています。それでは、「広島から『ハワイ』への移民について知っていますか」と問えばどうでしょうか。多分、正答はなかなか難しいことでしょう。それは、広島市には公立の博物館が無く、「広島ハワイ移民」について気軽に尋ねたり、調べたりすることができないからです。「移民」という言葉は、日本で生まれて、仕事を求めて海外に渡った人々を一括りにする言葉です。しかし、その言葉のなかには、出身地、渡航国、就労先、帰国後の生活など、それぞれ異なった一人一人の生身の人間が存在しています。ここ「仁保島村」には、「ハワイ移民」一人一人の足跡に深く踏み込む資料がふんだんに収集されており、移民者たちと来館者がリアルに巡り合うことができます。「広島からのハワイ移民」について、博物館では得られない情報と資料のかずかずが、この小さな私設資料館には、たっぷり詰め込まれていて、運良くここにたどり着いた方は、無料で全てが理解できるようになることでしょう。
2、資料展示方法が魅力的であること。
この資料館は、広島市南区の黄金山のふもと、(株)マツダの自動車工場が立ち並ぶ府中町と広島市をへだてる猿猴川の河口をのぞむ小高い丘にあります。黄金山はもともと広島湾に浮かぶ「仁保島」であり、この資料館の周辺にも、瀬戸内の島特有の迷路のような坂道が張り巡らされています。資料館にとって「場」はとても大切な要素です。ハワイから祖先の故郷を訪ねてくる方々にとって、当時の環境に近い風景が残されている地域で、当時の資料に触れられることは重要なことです。
さらに資料館内部に入ると、展示什器に工夫が凝らされていることに驚きます。子どもにもよく見えるような高さの文書資料陳列ケースから、生活資料等の小型の展示ケースに至るまで、館長みずから、ピッタリのサイズで手づくりされています。照明も非常に工夫されており、展示物がよりドラマチックに見やすくなっています。
加えて、資料館として活用されている「土蔵」は立地もよく、紫外線から遮断され、通風換気も程よく保たれており、良質の資料保存環境です。修繕・維持・活用される館長のポリシーと技術の結集ともいえます。そして、資料の解説については、館長自ら、難解な歴史用語をなるべく避け、若者にもわかりやすく説明されます。
以上、同館訪問はまだ2回の私ですが、民衆史料の保存に興味を持ち、あちこちの私設・公設の博物館・資料館等を歴訪した経験から、「今すぐにも行くべきミュージアム」としてレポートさせていただきました。
館長の提言される「One town One museum」に深く共鳴し、この「ハワイ移民資料館 仁保島村」のますますの発展を心より願っております。
山本 恵理 さま(2022年2月来館) 神戸市外国語大学 国際関係学科
広島市内殆どの資料館・博物館がまん延防止等重点措置の延長に伴い休館する中、地図アプリ上でヒットした「ハワイ移民資料館」。たまたま私が卒業論文でイタリアへの移民予備軍とされるイラン人留学生集団について調査したことがあり、移民の存在に興味を持っていたため、資料館を訪ねることとなりました。
まずこの資料館で私が感じたことは、人々の国境を超える移動の歴史とは、移民個人がもつ様々な背景と送出国・受入国が持つ国家間関係によって実現し、一概に語り尽くすことができないものである、ということです。恥ずかしながら私はハワイの日系移民に対する知識が乏しく、明治から移民の動きが始まったことや広島から沢山の日本人がハワイへと出発したことすら知りませんでした。しかし、多くの資料や当時の移民の方々の私物、そして何より川崎様の語りによって、まだまだ断片的ではありますがハワイ移民について学ぶことができたと感じております。様々な思いを抱きながら異国の地へと働きにでかけ懸命に働く移民たちの姿が、そして国家の一員であったがために戦争に巻き込まれるも、不条理な世の中に屈することなくハワイで居場所を構築した彼らの姿が、鮮明に見えた気がします。加えて、日系人の存在が広島・日本とハワイの精神的な繋がりを実現させている点についても非常に尊いものであると感じました。
Lastly, I want to mention the current immigration issues. As many people know, Japan started to accept a lot of foreign workers several years ago and we can find various kinds of news every day especially about technical intern trainees from Asian countries(sadly most of them are about those workers got physically abused by Japanese or the death at an immigration facility in Nagoya).
By visiting this museum, I felt that the history of the Japanese in Hawaii and the immigration issues which Japan is facing can be considered something of the same kind. Anti-immigration sentiment is growing in Japan and this makes people xenophobia and sometimes do hate crime. However, I believe there is still a way to avoid those conflicts in a peaceful way by leaning Japanese immigrants living in Hawaii, Brazil and etc. Look at those people, how strongly they lived and tried so hard to make their “home”. Every immigrant has his/her stories and I want to listen to their backgrounds always.
仁保に住まいはあるものの、広島県外で育って現在は横浜市在住です。7月に夫婦ではじめて訪問させていただきました。
資料館が開館したのは20年以上前との事ですが、それ以前から何度も仁保には訪れていたにもかかわらず、 今回初めてハワイ移民に関する資料館が仁保町内にあることを知り、早速おうかがいしました。 とても個人で収集されたとは思えない情報量と、細やかなファイリング、趣のある建物の中の工夫された空間や展示による演出、次から次へとあふれる資料に驚かされました。。。 そして勤勉な日本人の気質が、新地(ハワイ)でも大活躍に結びつき、得るものや与えるものの多くが両者の実りにつながったことが良くわかりました。
川崎館長が上梓された「ハワイ日本人移民史」やいただいた印刷物は横浜に帰ってからゆっくり拝見させていただいているところですが、大変貴重な資料満載で、例えば戦前のハワイ社会において日本人労働者が重要な役割を担っていた事や、日本らしい倫理観を重視した教育を子供達に施す努力が重ねられた事、ハワイ王朝のカイウラニ王女と日本の皇族との縁談の顛末、太平洋のおける海底電線網の敷設構想など、戦後の一般的な情報環境下では触れる事が難しかった、戦前の生きた情報が含まれている事にも大きな意義を感じます。それは、日本人が伝統的に育んできた精神が育つ環境下においては日本人が世界で重要な役割を担える事が感じられるものであって、それは別の切り口からは日本の教育原理であった「修身」をもとに編纂された本が米国のレーガン大統領政権下で「The Book of Virtus(道徳読本)」という名の本で出版され、米国の教育改革に役立てられ、ベストセラーになったという逸話にも関連付けて考えてしまいます。
私たちもハワイには何度か渡航した事があるのですが、ホノルルのあるオアフ島は騒がしい感じがするので、あまり滞在した事がありません。主にマウイ島で滞在する事が多いのですが、日本人旅行客が少ない反面、現地にお住いの日系人が多い事を不思議に思っていましたが、今回資料館にお伺いして理由がわかりました。また、私自身はあまり現地の日系の方とお話しした事はないのですが、私の先輩がお世話になっている方でマウイ島のキヘイという土地にお住いの方がやはり広島にルーツのある方だと聞いています。ですので、今度その方にぜひともこの「ハワイ日本人移民史」をご覧になっていただきたいと思いましたが、その方の奥さんはマウイのホテルで日本人対応をされている方で、日本語はお得意なのですが、旦那さんは日本語をお話にならないそうなので、英語訳版の出版が期待されます。川崎館長におうかがいしたところ、実は英訳の準備は進んでいて、翻訳は今回の日本語版の編纂にもご協力された、スタンフォード大学の方の手を借りて行われるとの事のようです。
話はそれてしまいますが、これがいかに興味深いお話であるかをご紹介する上でも、このスタンフォード大学について少し書かせていただきたいと思います。
スタンフォード大学は米国の西部開拓時代に鉄道事業で財をなしたスタンフォードが私財を投じて設立した全米屈指の大学で、米国のIT産業の中心であるシリコンバレーの発祥の地と言われていて、米国では過去のゴールドラッシュや今では廃れてしまった鉄道事業の成功がIT産業隆盛という形で現代にまで引き継がれているという点で引き合いに出される事が多いようですが、その事とは直接関係ないお話をさせていただきます。
今回、日本語版の編纂に参加された上田薫氏はスタンフォード大学のフーヴァー研究所に所属されておられる方のようですが、フーヴァー研究所には正式にはフーヴァー戦争・革命・平和研究所(Hoover Institution on War, Revolution and Peace)という名称がついていて、その公文書館(Hoover Archives)には、膨大な史料が保管されており、毎年多くの研究者が調査に訪れ、隠されていた歴史に日の光を当てているそうで、上田薫氏もその一員として活動されている方とお見受けします。「フランス革命について研究するのが難しい。なぜなら、当時の記録や時事問題の資料が散逸しているからだ。」という先達の言葉を読んだフーヴァー元米国大統領が「平和の維持には、戦争の研究が欠かせない。」という信念の元、こういった史料を集める事になった経緯は次の記事で語られているのでご参照いただければ幸いです。
→記事はこちらから
この記事でも語られている通り、公文書館には日本の貴重な史料も保管されているとの事で、川崎館長の集められた資料はどれも生きた第一次資料である事から、フーヴァー研究所としてもそれを評価しているものと推察されます。そもそも日本の史料は戦前・戦中に発行されたものはなかなか入手できなくなっていて、国立国会図書館に保存されているものを、検索して見るか、民間で保管されているものを見つけだすしか方法がないこともあまり知られていない事実です。
その経緯については「国民の歴史」など事実として信じられる歴史を解き明かす本をいくつも編纂されている西尾幹二先生の調査によれば、戦争直後はGHQにより「宣伝用刊行物没収官」に任命された大学や役人で構成されたメンバーによって、史料の徹底した蒐集が行われ、集められた史料はワシントンDCの近くにあるメリーランド大学にプランゲ文庫として保管されたり、米国議会図書館にワシントン・ドキュメント・センター経由で移管されたりしていました。所謂GHQによる日本の歴史の消去として語られている行為があったとの事なのですが、戦後数年が経過したのち、時代が米ソ冷戦下に移って、GHQとしてではなく米国単体の方針転換もあった影響だと思いますが、一部の史料は日本に返還され、今では防衛省や国立国会図書館に所蔵されているようですし、米国議会図書館所蔵の没収史料も90年代には目録化が進んでいる事がわかっています。その後残りの史料が返還されたかというとそうでもなさそうなのですが、昨今では米国側から真実の歴史を語りかける書籍やTV番組が発表されているとも聞いていますので、もはや史料の返還を拒む意味合いは薄れているようにも感じられます。
だいぶそれた話が長くなってしまいましたが、川崎館長のご苦労がいかほどのものであったかは、この時代の生きた情報の収集がいかに難しいかという事情の理解なしでは語り尽くせないものでしょうし、そんな中でも館長のような執念があればそのような事が可能な時代になった事を証明していただいた事に感謝したいという衝動にかられた結果ですのでご容赦ください。最後に、資料館に原本が保管されている、広島平和記念公園の碑文の通り「過ちを繰返さず」平和を守りつづけるためには、歴史の本質を客観的に解明する事も大切であるという信念のもと活動される国内外の方々の今後の益々のご活躍を期待しつつ、筆を置かせていただきます。